最果の春/soft_machine
、諦めたように。
あの日青梅は、晴れも雨もどちらも春の日。
気持ちのいい空だった。
受話器の向こうでは呼び出し音を聞きながらそれでも、尾骨部に褥創を抱える身を起こせない老人がいて、カーテンも開けきらず、ただ布団の上で寝崩れた衣も直せず聞いていて、だから老人はまだ春を知らないのだと思う。
そば屋の斜交いでは街頭ポスターに、選挙に臨む男と女の顔写真がアップを競い合い、ポケットのラジオはムスリルの心を単色に染める意図がきれいに隠されたニュースが単調で、天気予報だけが桜前線の北上を滑らかに、朗らかに伝えている。
窓を開けたら隣の家の窓が目の前に、レースだけで隠そうとしても覗かれる為の暖房が切
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