短編「The First Encounter」/板谷みきょう
 
に比べると、ジャズの音が渦巻く中で目を閉じ音に心地よく抱かれていた。まるでジャズ喫茶の常連客の様な落ち着き払った姿は、ボクには随分と大人に見えていた。そのうちにグラスに付いていたしずくが流れ落ちて、いつの間にかテーブルの上で小さな水溜りを作っていた。彼女は伏せ目がちな物憂げさで、脆い水溜りを指で壊し始め、黒テーブルの上に《ばか》と書き綴っていた。何を考えているのだろうか。ボクは、気だるさを身にまとった彼女に強く惹かれていた。それと同時に彼と彼女の間に、目には見えない某かの強い結び付きを強く意識し始めていた。それを嫉妬と気付ける程に、その頃のボクはまだ人生を生きてはいなかった。……彼と彼女の存在と、
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