【小説】老紳士の秘密の部屋/なかがわひろか
 
え、ちょっとしたいいお母さんみたいに作れるようになった。もちろん老紳士と私とでは大しておいしくいただけるわけでもない。三時になったら彼を起こし、ティーブレイクをする。テレビのワイドショーを見ながら、彼は私の作ったお菓子をつまむ。うまい、ともまずい、とも言わない。何十年も連れ添った夫婦みたいだ。時々そう思うことがある。
 晩御飯の買出しに、家の大きなBMWの車を借り出かける。ちなみにこの車は、私の通勤用にも貸し出されたものだ。彼はもちろん車の運転はしない。いつかこういうときのために買っておいたのだろうか。買出しも簡単だ。どんぶり用と夜食用の食材を買い込むだけですぐに終わる。老紳士はお酒も飲まない。
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