【小説】老紳士の秘密の部屋/なかがわひろか
 
形がいた。
 着ている服も大分色あせていたけれど、その人形の顔はとても穏やかだった。
 そして私は気づいた。あの時、なぜ老紳士が怒ったのかに。

 ここは彼と彼の母親の唯一の思い出の場所だったのだ。
 死の直前まで彼に絵本を読み聞かせていた彼の母親との。
 彼は、小さくてまだそのことをちゃんと理解できていなかった。自分の母親のことを理解できていなかった。
 何年か経った後に、やっと気づいたのだろう。そして、その映像を、唯一覚えている映像を、こうやって形に残していたのだ。
 何もないこの部屋は、老紳士の最後の母と過ごした、もっとも大切な場所だったのだ。

 私は、いつしか泣いてい
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