【小説】老紳士の秘密の部屋/なかがわひろか
 
三歳の頃に病気で亡くなった。
 彼女は亡くなる直前まで老紳士に絵本を読み聞かせていたようだ。
 彼にとって母親の思い出はそれしか残っていない。けれど、母親の声は、今でも鮮明に耳に残っているのだという。
 その声に私の声が似ていた。だから私はここで働くことになった。

 「容姿端麗、というのはあれだよ。僕も一応男だからね。」

 少し意味深な含み笑いをしながら彼はそう言った。確かに目が見えなくても、そこにいる異性が美しいと想像するのは楽しいだろう。実際の私はどうかとしても。

 時々私たちはそんな風に他愛のないことを話した。二階の奥の部屋については相変わらずタブーであったが、それ以
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