連作「歌う川」より その4/岡部淳太郎
返す
港に時おり出没する
老人がいる
彼の額には
この港に打ち寄せて砕ける波のような
無数の皺 が
刻みこまれている
旧人類の最後の砦
諦念によって生き永らえることを覚えた
典型的人物
港にたどりついた
祈りを生業とする最初の新人類である男
祈る人 にとっては
深海魚のように不気味な存在だった
老人はただ歩き回るだけ
船から 船へ
祈る人はただ見ているだけ
祈ることも
忘れて
老人がただ歩き回り
祈る人がただ見ている そのさなかにも
回遊魚は河口から
上流の故郷を求めて
川を溯ろうとしている そのさなかにも
頭上では
隕石になりそこねた宇宙
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