連作「歌う川」より その1/岡部淳太郎
 

だが
彼は悲しまない
諦念を持て余した
中年男のように
甘い肉体を夢見たりなどしない
彼には
歌がある
祈りがある
彼は超えるために生まれたのだ
生活を
日常を
そして自らが人類のひとりであるという
事実でさえも
彼は超えねばならぬのだ
だが
いまはまだ
彼はそのほとんどを超えてはいない
やがては超えねばならぬ
そのために
彼に
歌と
祈りが
手渡されたのだ
すべてを超えること
それが
彼が歌う
意味である

だから
彼は歌う
かたわらで歌う川と波長を合わせて
彼は歌う
彼の喉から漏れるのは
まったく新しい
それでいてどこまで
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