挙動不審者/hon
た。
――お母さん、ヨットだよ。
私が海のほうを指さすと、母は笑って言った。
――そうだね。
風が私たちのいる斜面に吹きつけていたが、汗ばんでいた体には、ちょうど心地よい涼しさだった。季節が夏であることは言うまでもなかった。
そのとき、私たちはどこからきて、どこへ行くところなのか、状況は思い出せなかったけれど、私はすこぶるご機嫌であり、母の気分は穏やかであり、空は晴れ渡っており、少し体が汗ばんでいたことも含めて、全て印象は喜ばしいものだった。
少し歩いていって、狭まった道にさしかかると、道の脇にひとつの鳩の死骸が、胸を裂かれて落ちていた。
胸に深く開いた傷口のまわりには
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