イジメとエリオットと超サディストであるぼく、んなこたーないと/んなこたーない
でする側の方にある、という点に変わりはないだろうけどさ。
B そうなると、話が循環しそうですね。
女の子に「髪型変えた?」なんて能天気に尋ねたぼくらに責任はあるのだろうか、と。
A 「あきらかな差異の具現者が存在するから、いじめが起こるわけではない。
むしろ、差異はあらかじめ存在するのではなく、そのつどあらたに発見され、つくられるのである。
むろん、排除というたったひとつの現実にむけて。『イジメ』はむしろ差異のない均質な不在空間から生まれるのだ」
あらかじめ存在している差異を発見し指摘しただけなのだから、ぼくらの行為は「イジメ」にも「排除」にもあたらない。
B
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