偽りの境界線の上で/AKiHiCo
 
僕なのだと教えてくれる声が聞こえてくる。
「大丈夫、貴方はエスですよ。」
 そう、僕の名前はエス。どこかで聞いた事のある懐かしい声が曖昧な記憶に輪郭を付けてくれる。それで安心出来る。僕は僕なんだと。
「何を恐れているのですか。早く行きなさい。エス、貴方は何の為に、」
 鏡の中の僕の唇が動いている。どうして。鏡に映っているのは僕じゃなかったの。椅子からまだ立ち上がれないでいるもどかしさ、本当はこんな椅子など蹴り倒してしまいたいのに弱い僕の部分が震えて困る。だって、鏡に映るのは確かに僕なのに、僕は今、喋ってはいないんだ。おかしい。
「止まっていた時間が動き出しますよ。エスを待っている誰かがい
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