帰路の雲/蘆琴
 
 煙草を棄てて歩き出すと、喫茶店の緑色のテントの先には雲一つ無かつた。
日曜の人込みを疎みつつ小走りで駆ける彼の耳元に何かの聲が囁いたかと思うと、俄かに彼は車道に飛び出した。黒い車がずずつとゝまった。中の女は目と口を呆然と開いてゐる。決まり惡く會釋して彼方に渡ると、歩道をふらついてゐた老人共が足を止めて此方を凝視してゐる。
白髪のそれらは杖をつき、腰を折り重ねて死んだ魚のやうな目で見つめながら何も語らない。
無言の内に見遣ると直ぐに視線を逸らして各々の道に流れて行った。
「くたばり損なひめ」
ふと思ひ立つて歩みつつ曲を探す。

 少し行つてふと仰げば曇りがちに、驚いて視線を戻すと、七
[次のページ]
戻る   Point(1)