帰路の雲/蘆琴
、七三分けに眼鏡をしたスーツの男が此方を睨み附けてゐる。
「何か」と訊けば、
首から紐に下げた木の板を兩手で顏の前に持ち上げて見せた。
「犠牲者たる大衆」
下には、
「労働、ドラッグ、テレビ、女、一神教」とあり。
目は紅潮し齒をぎりぎりと音立て、髮を逆立て握りこぶしを靜かに震はせたり。
「氣違ひか」
さう呟いて横目で見遣りつつも過ぎようとしたが、視界から消え去る間際、かたちの崩れるを斜め後ろに見た。おのづから振り返ると膝を地面に附いて、空に微笑みかけながら涎を垂らして涙をぽろぽろと流してゐる。そして周圍の視線の中で股間を地面に擦り附けだした。微かに吐息を漏らして男の表情は柔らかく崩
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