城/墨晶
- Das Schloss
ある朝のこと。洗面台の鏡に黄緑色の蜘蛛が一匹、じっと自らを見つめるように、毛髪のような細い長い脚を開いて留まっていた。蓬髪の男はそれを見ながら歯を磨き、顔を洗うと仕事場へ出かけた。
日が沈み、男は仕事から帰ると部屋で独り、酒を呑み始めた。それは、昼間の出来事を一つ一つ思い出しながら、しかしまるでそれら一々を忘却し葬るような、その男のここ数年の日課である。
部屋のそこかしこに生活の残滓残骸が堆積している。
燐寸を擦り、煙草に火を点ける。僅かに口を開き漏れ出る一度吸った煙をすかさず鼻で吸い込む。それは、昔そんな煙草の吸い方を誰かがやって
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