黒円(小説)/
 
 それは男にとって突然のことだった。ある日男はいつものように取引先に向かうために横断歩道を渡っていた。そしてそれは突如目の前に出現したのだ。真っ黒で、何の金属でできているかわからないが、御影石のような光沢をもった丸い輪っかが空中に微動だにせずに浮かんでいる。横断歩道を渡る他の人々は何も気にする様子はなく、次々と男一人を残し足早に前後へ去っていく。男は目を擦ってみた。するとその黒い輪っかはその出現の仕方と同様、また突如として消えた。立ち尽くす男に大きくクラクションが鳴らされる。何だったのだろう、と男は首を傾げた。

 しかし、黒い輪っかの出現はその一度きりではなかった。やはり取引先へ向かう横断歩
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