ナニカ/草野大悟2
「あらあら、どうしたの? 健ちゃんはなーんにも悪くないからね。よしよし」
保育園から泣いて帰ると、そう言って抱きしめてくれた。乳の匂いがした。大好きな幸恵(さちえ)の胸に抱かれて、泣きじゃくりながら眠るのはこのうえもなく幸せな時間だった。抱きしめてもらいたくて、いじめられた、と嘘をついたことが何度もある。
野津健一の産みの母親、幸恵は、いつも微笑みを絶やさない小柄で物腰の柔らかな人だった。父親の秀一郎は、泣いてばかりいる野津を毛嫌いしていた。
「こんな軟弱な奴、顔も見たくない。お前がちゃんと育てないからこんな泣き虫の甘ちゃんになるんだ」晩酌をするといつも大声で幸恵を詰り、殴りつけた。野津
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