春の夜 ひいながたり/そらの珊瑚
 
 時計が深夜十二時を知らせると、ひいながたりが始まります。
     ◇
「姫さま、殿が見当たりませぬが、どちらへおいででしょうか」
 三人官女の年長者がお歯黒を三方(さんぽう)で隠しながら上段のお雛様に伺った。
「さあ、存じません」
「もしや、また喧嘩でもなされましたか?」
「けんかではなくてよ。殿にこう申し上げたの。わたくし、もう五年も着たきり雀でしょう。そのせいか気分がふさぎこむのです。十二単(じゅうにひとえ)は、重くてかないません。ああ肩が凝る」
「お揉みいたしましょう」
 若い官女は内心『それはお年のせいでは?』と思ったものの、それは禁句。うっかりそんなことを言って、昨年
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