「昨日」/宇野康平
大切にプールされた心を貯めなさい、消費しなさいと経済
アナリストが言いますが、
嫌です、お断りです、と言うと周りは白目で私を見つめる。
夕方
アビーロードのように横断歩道を堂々と渡りたいわ、と言
った女の手の爪は綺麗に切られていた。
いつからか、その爪と、指と、手と女が、好きだ。
その手を握ってもいいだろうか、と私は言う。
頷いた女の頬にキスをしながらその繊細な、ガラス細工の
ような手に触れた。
女は良い形をした口を私の耳に近づけ、死んだ人が蘇る不
思議な夢で流れた歌を口ずさむ。それは「Beatles」とい
う最も有名なバンドの曲らしい。
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