「なにもない夏」/宇野康平
 
ぽつぽつと、点を打つ悪が私のお腹の中で浮いて、渇いたくちびるを
震わせる。ひび割れ、皺も硬くなった手を持つ祖母は、重く垂れた瞼
から覗く黒目を更地となった公園に向けていた。朝、通ることが日々
の日課であった公園は今は無く、祖母は持て余した時間を公園であっ
た場の空白を見つめることで消費している。更地の加減無くめくり上
がった土が脈打つ血管を嫌に興奮させる。

ふと、更地を見つめる祖母は、戦争を思い出しているのではないかと
思い始めた。祖母は嬉しいときほど曲がった腰をさらに前傾させる。
今は、あの日を身体が覚えているのか引きつったように姿勢が伸びて
いた。あの手は遠くから分かるほ
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