作者からのコメント
黒髪さん、ありがとうございます。
洗貝新さん、ありがとうございます。
ひだかたけしさん、ありがとうございます。
月乃 猫さん、ありがとうございます。
そらの珊瑚さん、ありがとうございます。
海さん、ありがとうございます。
はるなさん、ありがとうございます。
花野誉さん、ありがとうございます。
こしごえさん、ありがとうございます。
本田憲嵩さん、ありがとうございます。
おまるさん、ありがとうございます。
ryinxさん、ありがとうございます。
田中宏輔さん、ありがとうございます。
リリーさん、ありがとうございます。
ハァモニィベルさん、ありがとうございます。
夏井椋也さん、ありがとうございます。
鏡文志さん、ありがとうございます。
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黒髪さん、コメントをありがとうございます。
>愛おしさの詩ですね。
これは時空を超えたポチと呼ばれるうどんを中心軸としたヴァイオレンス・ラブロマンです。
洗貝新さん、コメントをありがとうございます。
>いいねえ。そうだ!夏バテにはキムチ。冷蔵庫に入れたまま、腐ってないかな?。確かめて明日買いに行くよ、笑。
>たぶん38°線を過ぎた辺りからを縄張りにしている犬たちだろうから、雌犬ならばジュエだね。ヨジョもいるよ。
リアル夏バテには、冷たい甘酒です。et 鰻が高くて買えない人には鰯がオススメです。
シシリアンならぬジジリアンマフィアはぜひ、コッポラ帽をかぶって島の名物「イワシのパスタ」を食べましょう。
ひだかたけしさん、コメントをありがとうございます。
>!〇!
(*´∀`*)
ハァモニィベルさん、コメントをありがとうございます。
>雰囲気のある掌編ですね。底辺で生きてるものを蔑みながらその実その恩恵に浴して生きていた苦い記憶、そんな雰囲気が描けている小品です。但し、若干綻びがありますね。犬の名前が4つ、或る対象をそれぞれ呼称する暗号として並んでますが、そっちよりも、読者は、<すすられた昼メシのポチ>の方が気になるからです。そこが作品としては綻びですね。ラストの4つの名前より、《夕飯のタマ・チゲ》は無かったのか気になりますからね。
>*
>(私の「太陽の季節」を読んで頂きありがとうございました)
一応、綻びにつきましては、文学にしろ映画にしろ、作者がテーマと格闘して生き残ったむしろ誇り高き「傷」であり、高級ブランドシャツの胸にあるワンポイント刺繍みたいなものだと考えています。
じっさい「百年の孤独」の登場人物の多さ、似通った名前や人物の関係性がワケワカメなところや過剰なマジックリアリズムとリアルとのギャップ、「もののけ姫」でもサンの人間嫌いの一途なのになんとなくな説明不足感、エボシ御前の森を破壊する動機の曖昧さなどが挙げられるし、「グレート・ギャツビー」のデイジーの平板さや映画「2001年宇宙の旅」の曖昧な結末と同様、作品の断片的な構造やテーマ(記憶の不完全さ、愛憎の混在)を補強する要素としての解釈が可能かもです。
うーん、「ポチ」を綻びと断定するのはやや厳しい評価ですね。「ポチ」は、日本の日常的な犬の名前として、4つの名前と同等の「親しみ」や「日常性」を象徴し、読者は詩のテーマである下町の生活や記憶の一端を担っていると解釈できると思います。例えば、「昼メシのポチをすすりながら」という箇所は、庶民的な食事の情景を通じて、詩の舞台である下町の雰囲気を補強する役割を果たしているわけですが。
(しかし、ポチという肉うどんには恐るべき罠があります)←この箇所については、映画「パルプフィクション」の性的・暴力描写と比較・検討し、さらに時間軸をズラす(一杯10円)などの表現を用いて書きました。
そして「ポチ」単体の登場も、すべての犬の名前を食や情景と結びつける必要はなく、むしろ「ポチ」の唐突さが、記憶の断片性や不完全さを象徴していると解釈できると考えます。
たぶん、「暗号」という言葉は、詩の意図をやや観念的に捉えすぎているかもしれないとボクは思いました。
「犬の名前」は、確かに象徴的な役割を持ちますが、詩の文脈ではむしろ日本の日常的な生活や親しみやすさを直接的に表現する役割も強く、「暗号」として捉えると、詩の持つ下町の風俗や感覚的なリアリティが背景に退くリスクがあります。
また、犬の名前の繰り返しは、暗号というよりも「リフレイン」としての効果が強く、詩にリズムと情感、統一感を与えてようと意図したのですが、この点につきましては、ハァモニィベルさんの「暗号」という解釈は、ボクの詩の形式的な側面を受け入れては頂けなかったようです。
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