ポイントのコメント
[大町綾音]
「道にこぼれた水」に二通りのイメージを持つのですよねえ(わたしの場合です)。神様がこぼした水か(雨か)、自分自身の手でこぼしたコップの(あるいはじょうろの)水か、といったふうに──自分という水をこぼしたのは自分というふうにも読めて、そこが深いかなと。簡単な表現で、あ、いいなと思いつかれただけなのかもしれないのですが、ただその自然さ・質朴さにふっと惹きつけられるものがあって。その後の叙述が、そのなんというのでしょう、ありのままの水であり、それはありのままの思いのようなものでもあり、というのを引き続いて自然に描かれているから(なにか、ここは叙述というより描写という感じがしますね)なのかもしれませんが。ひとつひとつの言葉がていねいだな、と。おしまいの4行、あえて引用しませんが、引用してしまうと、逆にここからすりぬけてしまいそうで、詩のなかの言葉、詩のなかに定められた言葉なのだな、という感慨を抱きます。なにか真似してみたくなります。
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