誘惑以前/佐々宝砂
 
間でこの体温に馴染む。
りんごの実が蛇の背におちてくる。
甘い腐臭があたりに漂う。
痛みに震える白く腐った尾の先で、
蛇はうつろを満たす。

肋骨の環と銀の指環は、
やがて肉を屠るだろう。
骨を劣化させるだろう。

飢えたカラスが、
岩の向こうから見ている。
カラスは待っている。
今か今かと。

肉などくれてやる。

たわわに稔るりんごの実も、
ひとつ残らずくれてやる。
勘違いした女が早速りんごに手を伸ばしているが、
そんなこともどうでもいいこと。
食べたいだけ食べるがいい。

けれど銀の指環だけは渡さない。
これだけは決して渡さない。

蛇は指環をくれた。
言葉の代わりに指環をくれた。

りんごの花咲くゆうべのこと。




(連作「中有の物語」より)
   グループ"四文字熟語"
   Point(3)