誘惑以前/佐々宝砂
間でこの体温に馴染む。
りんごの実が蛇の背におちてくる。
甘い腐臭があたりに漂う。
痛みに震える白く腐った尾の先で、
蛇はうつろを満たす。
肋骨の環と銀の指環は、
やがて肉を屠るだろう。
骨を劣化させるだろう。
飢えたカラスが、
岩の向こうから見ている。
カラスは待っている。
今か今かと。
肉などくれてやる。
たわわに稔るりんごの実も、
ひとつ残らずくれてやる。
勘違いした女が早速りんごに手を伸ばしているが、
そんなこともどうでもいいこと。
食べたいだけ食べるがいい。
けれど銀の指環だけは渡さない。
これだけは決して渡さない。
蛇は指環をくれた。
言葉の代わりに指環をくれた。
りんごの花咲くゆうべのこと。
(連作「中有の物語」より)
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