石榴/ワタナベ
 
うな母となった女の腕に抱かれる
どこにでもある希望におそるおそる手を伸ばした
(どこにでもあるということは、なんと素晴らしいことだろう!)
桃色のやわらかなほっぺた
これから迎えるすべての未来をつめこんだかのような
まるいはら
青年の親指ほどしかないちいさなちいさな手を見て
彼は泣いた
あたたかい涙が赤ん坊の額に
ぽつりぽつりとおちて
赤ん坊の体温が
母親の胸につたわって
彼女のこころはぬくもりで満ちたり
その両目から流れる涙にも気づかずにいた

(気づかないことを誰が責められるだろう)

部屋の片隅で
女はおびえるように出産した
伝わってくる確かなぬくもりに
哀しい笑みをうかべながら
今夜もいつものように
遠くからの轟音が机をかすかにゆらし
産まれてきた子のやわらかな背中を
部屋のくらがりが包み
そこに死がへばりついている気がして
女は涙もなく嗚咽する
ゆれる机の上にある石榴が
音もなく落下していった



   グループ"■ 現代詩フォーラム詩集 2007 ■"
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