虚偽と忘却のエピソード/atsuchan69
やり燈っていた。
――やがて表札のまえで、わたしは一瞬立ち止まった。
しかし名字が変わった、などというわけではない。
ただ玄関の外で仄かな外灯に照らされた、ターバンを巻いた少年が一頭の象をつれてこのわたしを待っていたのだ。
「おじさん、おかえりなさい」
「え? きみは誰なの」
「ぼくはインドからきた座敷わらしです。とてもこの家が気に入りました。ずっと、ここに住んでもよいですか?」
少年は恐ろしく生まじめな面立ちで、ガリラヤから付き従ってきたイエスの身体をわたす夜のマグダラのマリアのように、六日も着つづけた酷く不潔な背広を纏ったわたしを見つめ、そして精一杯の笑みをうかべた。
(終)
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