◆そこに海がある/千波 一也
 

だれからも見守られずにきた足に
寄せては返す海だけがある


波音を数え忘れたその頃に
わたしもだれかの波音になる


放つのは最小限の言葉だけ
そうして高まる内なる海鳴り


舞うかもめ沖を示して遠くなる
それはだれかの微笑に似ていて


八つ裂きにしたい顔、顔、途切れなく
その名を叫べど荒波に消ゆ


落胆のため息をつく力なら
残っているから海を見に来た


分かち合う願いはいずこか潮騒よ
耳には痛みが募るばかりだ


あざやかな色で描こうこの海原を
堕ちてゆかねばならないのなら


帰らない日々に焦がれて暮らすほど
舟はさびしく描かれつづける


障りなくたゆたう海があるならば
それはにせもの名ばかりの海








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