あけがた/佐々宝砂
長いこと油を注してくださらないので
歯車がきしみます。
近ごろはゼンマイも巻いてくださらないので
動きはすこしずつ鈍くなってゆきます。
けれどわたしはまだ動けます。
きこきこと歩きます。
記録された言葉ならば喋ることもできます。
いちど猫が暴れたときに
わたしは飾り棚から転げおちて
首も腕ももげてしまいましたが
あなたは器用な指で直してくださいましたね。
あのころあなたはまだ優しかったのでした。
あなたは生きているので忙しい。
生きているので眠らないといけない。
それはわたしにもわかります。
わたしはベッドのまくらもとで
なるべくひっそりと
歯車をかちりとも動かさずに
あなたの寝顔をみています。
ゼンマイがゆるみきってしまうのがこわい。
動けなくなるのがかなしい。
でももっとかなしいのは
記録されぬ言葉はついに口にできぬことです。
わたしは腕を伸ばします。
あなたの首をがっちりとらえます。
そしてゼンマイはすっかりほどけて
わたしは永久に停止するのです。
2002/04/11
前 次 グループ"Light Epics"
編 削 Point(2)