帰らざる海まで/恋月 ぴの
したおんな
妻と別れてくれとしつこかったので
不倫地獄の瀬戸際で
ふと会話が途切れた車の中で
絞殺してから打ち寄せる波間に投げ捨てた
おんな
長い髪に隠れた細い首を絞めたとき
飛び出しそうな目玉で俺を見つめていた
俺を突き放そうと苦しそうにもがいていた
抗う力を失ったそいつの身体は
想像していたよりもずっと重かった
ひとりでは背負いきれずに
引き摺るようにして断崖から投げ捨てた
俺が殺したおんな
エレベーターは静かに降下しはじめて
「どこへ帰ろうとしているの」
俺が帰るところ
それはおまえのすけべな身体じゃない
俺の欲望を子宮奥深く迎えるようにして
恥ずかしげな嫌らしい音を漏らした
おまえの身体なんかじゃない
もうすぐエレベーターは着くだろう
そして俺は帰る
俺が帰るべきところへ
俺を待っているところへ
氷のように冷たい手が俺の股間を弄りはじめ
エレベーターは静かに降下していった
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