「静かの海」綺譚 (1〜10)/角田寿星
ろうか
8
人気のない劇場の幕が上がる
客席は水没して
ヴェネチアの運河のようだ
色褪せた書割りの街がぼんやり突っ立っている
ぼくはゴンドラに乗って
舞台の上のあなたを迎えに行く
あなたの面影に
虚空に向かってぼくは右手を差し伸べる
9
バンドネオンを抱えて外出する
久しぶりに移動道路を渡る
すれちがう人はいつもあらぬ方向をみつめている
宇宙港から月面に降りて 星の
瞬かない空の下 バンドネオンを奏でた
ぼくのバンドネオンは人々には聴こえない
ぼくのバンドネオンは ぼくの耳にも届かない
10
少し前から
月面に降りて あおく輝く地球を眺める
ことが流行った
今でも人は忘れた頃に
月の大地に立って
両方の手でこの宝石を包もうとする
海猫の飛ぶ島を夢みて
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