欲の物語/アンテ
びて彼女の胸の箱を掴んだ
彼女は抵抗したが
手の力は強靱で
少年のところまで引き寄せられて
少年の箱のなかに身体ごと呑み込まれてしまった
彼女は長いあいだ意識を失っていたが
気がつくともとの泉の縁に倒れていて
胸を確かめると箱は消えてなくなっていた
少年の姿はどこにもなく
足もとに箱がひとつ転がっていた
蓋を開けると中は空っぽで
欲しいもの唱えてもなにも起こらなかった
彼女は箱を泉に投げ捨ててしまおうとしたが
これは少年の物だと思いとどまった
その時彼女の胸のなかで
心臓が鼓動を刻みはじめた
胸に手を当てるととてもあたたかく
そして力強かった
彼女は泉で全身をきれいにして
服を身につけてから
森をあとにした
手にしっかりと箱を握りしめて
そして一度もふり返らなかった
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