まぼろしのけもの/嘉村奈緒
 


それはかすかに透きとおっているので
向こうの景色がいつも滲んでいるのでした

朝霧を 食み食み
押し殺されたような時間を過ごし
まれに降る雨のために山裾で低い警笛を鳴らしたり
青い葉の匂いを袋につめて閉まったりして
そうやって更に押し殺されたような
時間を過ごし

あくる日の
彼の体はぼんやりとしていて
それが朝霧なのか向こうの景色なのかわからないまま
じっと見つめていると
やがてしゅるりと消えたのでした

もう警笛や匂い袋もなくなったのだなと思うと
ひどくさびしくなってきたので
足早にその場を去った


  
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