Michaelが来る/佐々宝砂
 

ほら。
Michaelが来る。

あれでずいぶん楽しませてもらったから、
ミズノさんが亡くなったとき、
とても淋しかったのはホントだ。
ミズノさんのおくさんに、
Michaelという名前に覚えがありますか、と
訊ねたのは、
ちょっとした好奇心の発露だけどね。

主人が滑落したとき、
主人と一本のザイルで繋がれたまま、
主人の横で亡くなった人の名前です。

ミズノさんのおくさんは、
少しめんどくさそうに答えて、
それから私のうしろを指さして、
眉をひそめて、
指をおろして、
ではどうも、ありがとうございました、と言った。

Michaelねえ、
数十年も寝っ転がって麻痺したまんま、
そいつのことばかり考えていたのかねえ、
ミズノさんは。
それだけ長く想われて、
幸せだよねえ、Michaelくんは。

私は休憩所で孤独に孤独に煙草を吸う。
誰が私を想ってくれるかしら。
ねえ、ミズノさん。

最近私の肩は重たい。
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