『逃亡か鹿』/しめじ
 
し、というので撒き餌をして釣り糸をたらす。だが困ったことに釣り糸が海面まで届かないのだ。タンカーの高さは五十メートル近くあって、横波が着たら一発で倒れるやろ、海上法に準拠しておるのかね君、といった具合なのだ。これではいかんということで、船長をして炬燵を持ってこさしめ、みかんに熱燗、ついでにまつたーけなんて土瓶に入れてこさえてきたまえ、とVIP待遇を味わっていたわけだが、赤道直下の気候のもと、どてらまで着込んで炬燵に入ってはなんだか我慢大会のようですねといつの間にか隣に座っていた板井氏がみかんの皮をらせん状にむきながらそうつぶやいた。みかんの皮をどっちが長く向けるか勝負しましょうと私の土俵に持ち込んでやったのだが、詩人の彼は興味がなさそうに詩を読み出す。

「風が変わる三丁目の突き当たり
 どぶの中には妊娠した猫がいて
 そこが私の背中なのです
 迷い込んだ砂時計の王国で
 猫は太陽を毛嫌いしてあくびをひとつ
 檻に舌を這わす悲しい内職」

 汗まみれのわれわれは太陽の光を浴びてアジの干物なんかを密造するのだった。

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