右へ/霜天
その言葉を初めて聞いたのは、
まだ、あなたの海にいた頃。
大きすぎる手のひらを隠そうともせず、
揺られる海の深さを世界と思っていた頃。
右へ。聞こえる、聞こえています。
右へ。手のひらを。ぐ、と握ってみせる。
右はこちらですね、私はどちらでしょうか。
右へ、右へ。ただ、それだけが聞こえる。
僕が生まれた世界は、まだどこもかしこも暖かくて。土曜日の夜にはいつも、大きなケーキを囲んで皆でお祈りをしていた。二十年後の今日も同じような青い空の一日ならいいね、と繰り返していたのは誰だっただろう。膝の上で眠る猫に、大きなあくびをしてみせる弟を、遠くの景色を思い出すような視線で、越えてい
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