扉の手前/佐々宝砂
 
このうえなく暑くてかったるかったその年の夏
あたしは牛糞くさい風が漂ってくるベランダに
布団まで敷いて寝転がって
あたしにとっていちばん大切なものはSFで
ラジオから漠然と流れてくる音楽というものがあるにはあったけど
そんなものはどうでもよくて
みんな右から入って左からでてしまって
あたしの手元の本には
コードウェイナー・スミスと鈴木いづみの名があって
あたしの手にはピンク色したアイスキャンディーが握られていて
飲み物は父親がお中元に買ったくせに贈り損ねた薄茶糖で
ベランダの風は牛糞くさかったけど
それでもエアコンのない部屋にいるよりまし
あたしは日本語の歌がだいきらいで
[次のページ]
戻る   Point(4)