引き戸/松本 卓也
 
引き戸を開けると
そこに居るような気がする

錯覚とか幻覚とじゃなくて
気のせいとか妄想とかでもない

有り得ない現実である事くらい
とうに理解しているつもりだ
目の前から消えた君を
追いかけたのは遠い昨日の話

だから今
この引き戸を開けた先に
居て欲しい誰かなんて居ない

多分 昨日の僕が残した
寂しさの残像が瞼に焼き付いて
陽炎のように立ち尽くしているのだろう

引き戸を開けた先に
佇んでいる影が確かに在った
それは君を覚えている僕の残骸で
君を忘れ行く僕の実体が重なるたび

見続けていたかった笑顔が
一つ右脳から消えていくのを知った

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