霧の朝僕は/石瀬琳々
霧の朝僕は
白い虚しさにまかれる
あるいは
あるかなきかの徒労に
世界は音もなく沈んで
僕一人を孤立させる部屋
あの夏の日
彼女が湖水に指をすべらし
その音のない水面(みなも)をなぞったように
僕の心を波立たせてゆくものがある
こぼれ落ちた髪が濡れるのも構わず
彼女は水に顔をそっと近づける
水鏡に映る自分の顔を覗きこもうと
今ではもうその顔も思い出せない
ただうなじの白さだけが
首の細さだけが彼女のすべて
かたわらにすり寄り
その唇に触れようとすると
分かっていたように
ふいに顔をそむけた
ある朝この窓を開けて
彼女は霧の中へと消えて
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