旅/杉菜 晃
 
のがないなあ―
バッグの中をかき回しながら洩らす
―いいのよ あなただけが 
欲しかったのだから―
投げかけられたことばを素直に受取らず
私の歪んだ情念が躓いているうちに
少女は歩き出していた
私はその少女の背に
―ごちそうさま 電車の中で 
思い出しながら食べるよ―
ととっさの言葉を投げやるだけだった
少女は一瞬歩みが止まったが 
振り返ることはなく歩いて行った


電車に乗ってから 
一個を取り出して眺める
少女の頬も日焼けして 
これに近い色艶だった
ひと齧りする
太陽の熱を吸収したトマトは
まだあたたかい
食欲も出て深く歯を立てると
トマトの果肉が迸って 
目の中に飛び込んできた
私はそれをハンカチで拭い取る
涙はそのあとから静かに湧いてきた
何だろう これしきのことで



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