カピバラの事情/佐野権太
一、 銀色の背中
飯も喰わずに、カピが月ばかり見ているので
座敷に上げて訳を聞くと
長い沈黙のあと
神妙な顔で
片想いなのだという
いったいどこの娘かと問えば
まだ逢ったこともないという
風が運んでくる匂いに
心を奪われてしまったのだと
カピは視線をそらさない
そんなこともあるのかと
首をひねりながらも
綱を解いてやると
ぺこぺこ、手ぶらで行こうとする
呼び留めて
戸棚から好物の
ココナッツビスケットを出してやると
細い指先で器用に、一枚
思いついたように、もう一枚
大事そうに胸に抱えた
いよいよとなって
漆黒の瞳を潤ませるので
[次のページ]
戻る 編 削 Point(41)