路地猫/杉菜 晃
 
 

街の猛犬が
路地猫を追ひかける
猫の尻尾に
口が届くばかりに接近した
その時
目の前を
轟然と特急電車がやつてきた
あはや犬は立止り
猫はそのまま行つた

犬の前を
唸りを上げて
鋼鉄の塊が過ぎてをり
犬の想像の裡に
凄惨な光景が展開してゐた

だが 
轟音疾風諸共に去つた後に
向かう側から
涼しさうにこちらを見てゐるのは
さつきの路地猫
いや 化け猫だ

猛犬は怖ぢ気だち
踵を返して逃げだした
路地猫は枕木の端に行儀よく坐つて
顔の手入れを始める
逃げるものを追ふといふ 
獣の本能に
従つたりはしない

毛繕ひがすむと
やをら腰を上げ
ゆつたりと線路を横切つて行く
常住する駐車場の赤い車の下へと
赤い車は有閑婦人Sの愛用車で
めつたに出て行かないから
のんびりしてゐられるのだ

その後あの猛犬はどうしたか
綱を切つて逃げ出すことはなくなり
塀の中からきやんきやん喚いてゐる




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