独学の数学者また/佐々宝砂
私たちは先にあげた小説の主人公ほどには孤独でない。かつてのヨーロッパのユダヤ人文学者ほどにも孤独でない。ちょいと昔の中国のロックバンドに比べても孤独でない。東欧でひとりSFを書いてたレムに比べても孤独でない。私たちは孤独を知らないと言ってもいいくらいだ。似たような思想、似たような趣味のひと、あるいは似たような境遇で育ったひとにすぐ出会える。共感もすぐ得られる。質問すれば誰かが答えてくれる。
この状況下で私はもう独学の数学者ではない。しかしいまだある意味で、私は独学の数学者でもある。私はいまだ越えられない壁を見つめている。その壁を越えたら、越えたら……私はあるいは、今現在の自分を懐かしむことになるのかもしれない。あのころの私はまだ幸福だった、ものを知らなかった、と。
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