ん/松嶋慶子
 
膝を抱えたまま
心が膝をかかえたまま だ
歩いていても
角の魚屋で刺身用の秋刀魚の目玉に見入っていても
友人につまらないメールを返信していても
いつもの連続ドラマを見ていても
子供たちの ただいま の声にこたえても

うつろな心が
膝をかかえたまま だ

紅玉を齧ってみる
張りつめた果皮をつらぬき
甘酸っぱく堅い果肉に到達する 私の歯は
本当はもっと 
硬くて渋いりんごを求めている
身が縮むほどの りんご を


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