パリーの空と街と/恋月 ぴの
 
「パリーへ二人で行こう」
あの頃は佐伯祐三に焦がれていて
寝物語に囁いた僕の言葉を
君は黙って受けとめてくれた
僕に離婚歴があることを
君は問わないでいてくれた
僕が夢見たパリーの空は
佐伯の描いた空と
繋がっていたのだろうか
熱情のマチエールは
この瞬間にも活き活きとしていて
うっかり触れようものなら
街の息遣いまで感じてしまいそうで
君は気付いていたのだろうか
別れた妻が自殺しようとしたことを
あれは忘れられない朝
ただならぬ気配に飛び起きると
白いレースのカーテンが風に揺れ
慌てふためき階下を見下ろせば
そこに動かぬ妻の姿があった
パリーの空よ
神も見捨てなかった妻の一生を
僕は薄情にも見捨ててしまったよ
パリーの街よ
熱情のマチエールは


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