吉岡実と非在の場所/ななひと
反応のないということは恐ろしいことなのだ
だがその男は少しずつ力を入れて膜のような空間を引き裂いてゆく
吐きだされるもののない暗い深度
ときどき現われてはうすれてゆく星
仕事が終るとその男はかべから帽子をはずし
戸口から出る
今まで帽子でかくされた部分
恐怖からまもられた釘の個所
そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす。
(「過去」(『静物』所収))
「殺戮」のその時点における「恐ろし」い無反応。〈存在〉を引き裂く、という行為は、〈存在〉が存在していてはじめて成立する行為であるはずだが、ここにおいて、引き裂かれる〈存在〉は、引き裂かれる時点において、空虚であるのだ。だか
らこそこの詩は〈存在〉のあり方に対する私たちの認識を脅かす。〈存在〉が「充分な時の重さと円み」をもって流れ出すのは、全てが終わったときになってはじめてだ。ここでは、〈存在〉と〈時間〉における、決定的にズレた関係が、決定的にズレた関係として、出現させられているといえるのだ。
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