遠い手 デッサン/前田ふむふむ
台を見つけて、肉体を点滅している。
青白く萎えた足は、動くことを忘れて、
寝台を肌色に染めている。
古い空調が、訛る言葉で返事をし続ける、二階の部屋は、
降りる階段を失って何年がたつのだろう。
遠い声は、狭い夢のふところを走り抜けて、
眠る三毛猫のしろい息が、朝のほころびにとけて、
水色の空がしずかに流れだす。
(学校に遅れるからって、父さん、バス停まで、
(手を握って、引っ張るから、わたし手がとても痛かった。
(でも、父さん、嬉しそうだったわ。
一階の居間に佇む停車場に、厳かにバスは止まった。
呼吸を荒げるバスは、七色に散りばめた都会を、
死者を乗せて、走り去る。
彼の岸にバスは足を滑りいれると、
到着を告げるクラクションに、死者は生き返り、
点滴の湿った闇が、彼女の眼を濡らす。
涙で溢れた床には、二十一世紀の夢をたどる旅の
パンフレットがゆらゆら揺れて、
三毛猫が眼を細めて眺めている。
(おばあちゃん、あした、彼と約束したの。
(そう、湘南の海にいって泳ぐの。
(いっしょに手をつないで。
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