遠い手 デッサン/前田ふむふむ
彼女は二度、嘔吐して、蒼茫とした死者の距離を巡る。
傍にいる三毛猫は、
笑っているテレビを見つめて、溜息をつきながら。
(イラクから自衛隊が撤退するそうだね。
(おばあちゃんはね―。戦争は大嫌いだよ。
簡素に沈む二階にある部屋で、世界は瓦礫のおとぎ話のような夢を、
溢れさせて、滴り落ちる気配は、
低くうな垂れる四季のにおいを吐いて、
床を這い、慟哭となって、
曲折した記憶を綴った日記に、鳴り響いている。
点滴の均等な速度が、ぬるい空気に滲みこんで、
清められた夜が、楽しげに顔をあげて。
(おばあちゃん。わたし、きのう渋谷にいったの。
(彼は頼りないけど、楽しかった
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