お母さん/長谷伸太
 
自転車で下り坂をご機嫌に下っていると
さらにご機嫌な速度の小学生女子がひょっと私を追い抜かし
ちらっとわたしの顔を振り見てカーブの向こうに流れた
流れるような長い髪が方目を隠していた

私もつるりとカーブを流れると
先ほどの流れる長い髪が髪と一緒に血まで流して
座り込んでいた
私の手のひらより大きいくらいの血だまりを見て海だと思った

丁度居合わせた運送屋が救急車を呼んで後は任せたと去っていった
後輩から誕生日に貰ったタオルで血をおさえさせて
図書館で書き上げた大学受験の願書に長い髪の自宅の電話番号を聞いた
コンビニで電話を頼んだら願書がくしゃくしゃになった

犬の散歩のおばさんたちが集まってきて救急車も到着し
手ぶらになった私が役立たずになったころ長い髪の母が来て
「どうして私の娘が どうして私の娘がどうしてどうして」
と私の肩やら首やらつかんで揺らした

このちからとおんどのあつかったこと!
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