幻/紫翠
 
たしを覆わぬように
面影は背を抱いてくれ
私はその指先に暖かい手を重ね
千の夜 声をたてずに泣いたのだった


けれど
わたしは しっていた

ほんとうは、
骸はもうずっと前から消えていたのだ
最初から、そんなものはなかったのだ
それを、あるもののようにしていたのだ



きがつくと
私は冷えたアスファルトに横たわっていた
満天の星は街灯に翳り
遠く仄かにゆれていた
腕(かいな)にはなにもなく
私は一人 夜に浮かんだ
ふしぎなほど 安らかな夜



ただ

誰かを
遠い昔に
愛したような
そんな気がした


空にとけて いった
小鳥の羽音 その軽(かろ)さの
翼がほしかった
あの日より ずっと昔に


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