歯軋り/松本 卓也
歯を食いしばる不快な音が
右脳の片隅に微かに聞こえる
何に憤ってるのだろうか
正体など掴めないまま
煮沸する心境が垣間見た証
怒りであるようで少し違う
哀しみに似ているけれど
疲労のほうが大きいのだから
額や背中に張り付いた
汗の数を数えなおす度に
焦点の無い視線を交わす人々を
見えないように睨み付け
お前達の心臓に言葉を突き立て
偽らざる劣情を晒し上げたい
呟いた独り言は軽々と
排気ガスに乗って雲に消えた
僕が見ている視線の向こう側と
誰もが見ている世界は違うのだ
誰しも歪んだ感性を誤魔化しつつ
特別でもない人生を過ごしながら
敗北と勝利を比べあうことでしか
自らを証明する術を持たないのだから
無縁を気取る底辺の住人たる僕の前で
その屈服した表情を曝けないでくれ
今朝の鏡で見たものよりも
遥かに醜悪な笑顔しか見えないのだから
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