「 彼。 」/PULL.
ないような気もするが、
分からなくても好いような気もする。
だからといってどうでも好いのではなく、
それはそれなりに分かりたくはあるのである。
確かなのは彼が其処にいる。
ただそれだけのことなのかもしれないし、
其処にいない何処にもいない彼であっても、
また確かなのかもしれなかった。
彼がいる。
此処に彼がいる。
彼がいると眠れない。
眠れないので起きている。
ずっと起きていると、
やがて眠くなってくる。
だけど彼がいると眠れない。
眠れないので起き続けている。
起き続けているうちに空が白んでくる。
空が白みはじめると彼は薄くなる。
薄くなった彼は何処か寂しげで儚い。
儚い彼は何時もの彼ではないようで、
はじめて出逢った頃の彼のようだ。
彼は夜明けとともに引いてゆく。
彼方まで満たされていた彼は、
もう何処にもいない。
そしてわたしは何処までも彼の待つ岸に辿り着けないでいる。
了。
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