蟹のいる干潟/杉菜 晃
 


浜辺で一匹の蟹が激昂している
なぜ蟹が怒っているのか
誰も知らない

近くでは干潟の干拓がはじまっている
クレーンの向こうは
大きな落日
その赤い夕日を抱え込んで
蟹は怒っている

夕焼けもおさまって 
夜の静寂が訪れた頃
男は妻を伴って涼みにやって来る
―まだいたぞ この蟹 二時間も前から
ここで怒ってるんだ―
―干拓で 干潟がなくなっていくのが たまらない
のね―
―まあな 蟹の力ではどうしようもないことだ し
かし蟹が駄々っ子のようにしている姿は さまにな
っているよ―
―今のアパートの更新日がきたら ここを出て行く?―
妻は傍らの夫に言う
―ああ 発展していく街より 守る街の方がいいのかも
しれない これからは―
―そうよ 蟹だけの問題じゃないわよ―
妻は小腰を屈めて
―ねえ 蟹さん―
と蟹の甲羅に手を触れた
が その手をさっと放して
―熱い!―
と叫ぶ



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