優しい風が吹いているから/松本 卓也
 
十九時半を過ぎた家路は
真夏に向かう季節を否定するように
涼しげな風が混ざっていた

真白のワイシャツを腕にまくり
処分し損ねた書類の束と
定時と共に引き剥がしたネクタイ
ボロボロの財布が入った鞄
いつもより軽い気がする

黄昏に混じる微かな湿りが
額に張り付いて流れ落ち
もうすぐ雨の降りそうな予感

駆けるまでも無く坂道を登る
だって待っている者など
何処にも居ないのだから

例え夕立を浴びたとしても
防水加工の鞄は平気だし
シャツだって乾かせばいい
寂しくてふと漏れる涙も

こんなにも優しい風が吹いていたら
君の掌を思い出してしまうよ
だからどうか降ってくれないかな

心に溜まった雫が
頬を伝う前に
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